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東京地方裁判所 平成元年(ワ)222号 判決 1990年6月21日

原告 飯田壮夫

右訴訟代理人弁護士 楯香津美

同 安倍正三

被告 株式会社吾妻高原ゴルフクラブ

右代表者代表取締役 小針暦二

右訴訟代理人弁護士 大室征男

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三八七四万九二四七円及びこれに対する昭和六三年四月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、肩書住所地において高湯信夫高原スキー場(以下「本件スキー場」という。)を経営している。

2  本件事故の発生

原告は、昭和六三年二月二四日午前一〇時三〇分ころ、本件スキー場内の第二ゲレンデを被告備付けのそりで滑降中、第一ゲレンデと第二ゲレンデとの区分帯に生えている樹木のうちの一本である直径約五〇センチメートル、高さ一〇メートルの桜の木(以下「本件桜の木」という。)の根元に衝突し、第一腰椎圧迫骨折の傷害を負った(以下「本件事故」という。)。

3  被告の責任

(一) 本件スキー場のゲレンデは、自然の地勢を利用するものの、樹木を伐採し地盤を造成、整備するなどして土地に加工を施したもので、民法七一七条の「土地の工作物」に当たる。

(二) スキー場にあっては、スキー及びそりで滑降する利用者の生命、身体の安全に対する危険を防止する措置が講じられていることが必要であり、ゲレンデについては、障害物を除去することを要し、これを欠くゲレンデは、その設置、保存に瑕疵があるといわなければならない。

(三) しかるに、本件スキー場は、もともとゴルフコースとして造成されたもので、冬期積雪の期間だけそのままの状態でスキー場として利用者に使用させているので、スキー場にふさわしい地盤造成、地形整備が加えられているものではない。

(四) しかも、第二ゲレンデは、そり専用のゲレンデとなっているが、右ゲレンデの地形は、第二ゲレンデを第一ゲレンデと区分するために存在する樹木帯に向かって片流れ状に傾斜しており、したがって、方向舵の装置のない被告備付けのそりで、第二ゲレンデを傾斜に従って滑降すれば、右樹木帯の樹木に衝突せざるを得ない。現に、被告はこの様な衝突を予見して、本件桜の木及びその付近の樹木数本の根元に衝突の衝撃をやわらげるための簡易な巻藁を施していた。

(五) したがって、第二ゲレンデの地形が右のようなものである以上、右樹木帯を伐採するか、または衝突防止の安全設備を設けるかの方策をとるべきであり、これをとらずに放置しておくことは、右ゲレンデを滑降する利用者の危険防止措置に欠けるものであり、民法七一七条にいう土地の工作物の設置、保存の瑕疵が存在するといわなければならない。

4  損害

(一) 原告は、現在も通院加療中で、昭和六三年一一月末日までに後記の治療関係の損害を被った。

(1)  治療費 金四三万九六一五円

(2)  付添看護費 金五二万六五〇〇円

原告は第一腰椎圧迫骨折のため、受傷した日の翌日の昭和六三年二月二五日から同年六月二〇日までの一一七日間の入院中、入院付添人を要した。

近親付添費として一日四五〇〇円の割合の一一七日分

(3)  入院雑費 金一四万〇四〇〇円

一日一二〇〇円の割合の一一七日分

(4)  交通費 金二三万九二八〇円

(5)  器具(コルセット)購入費 金四万五九〇〇円

(二) 休業損害 金六〇〇万円

原告は、昭和六三年二月二四日から同年八月二五日まで六か月間にわたり自営の寿司店を休業せざるを得なかった。月収一〇〇万円、休業期間六か月として計算

(三) 後遺症による逸失利益 金四九九〇万八三〇〇円

原告は、受傷時三九歳で、現在も通院加療中であるが、少なくとも脊椎に著しい運動障害を残すことになるもので、右後遺症は自動車損害賠償保障法施行令別表第六級五号に該当する。年収五〇〇万円、労働能力喪失率六七パーセント、労働能力喪失期間二八年(ライプニッツ係数一四・八九八)として計算

(四) 慰謝料

(1)  傷害に基づく慰謝料 金一六六万円

原告は前記のとおり一一七日間入院し、退院後も現在にいたるまで一か月一回の割合で通院しており、その慰謝料は金一六六万円が相当である。

(2)  後遺症に基づく慰謝料 金一一五四万円

(五) 弁護士費用 金七〇〇万円

よって、原告は被告に対し、民法七一七条一項に基づき右損害金合計金七七四九万八四九五円の内金三八七四万九二四七円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和六三年四月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、事故の発生は認めるが、そりで滑降中、本件桜の木に衝突した事実は不知。

3(一)  請求原因3(一)は認める。

(二)  同3(二)は争う。

コース場に樹木、自然石が存することが、直ちにゲレンデの設置、保存に瑕疵があることにはならない。

(三)  請求原因3(三)の事実のうち、本件スキー場が、ゴルフコースとして造成したところを冬期間スキー場として利用していることは認め、その余は否認する。

ゴルフコースとして造成したところをスキー場として利用しているため、通常のスキーゲレンデと異なりゲレンデ上の障害も少なく、安全性に富むファミリィースキー場として多数の市民から利用されている。

(四)  請求原因3(四)の事実のうち、第二ゲレンデがそり専用ゲレンデ(正しくは、そり及びスキースクール専用ゲレンデ)となっていること、被告備付けのそりに方向舵の装置がないことは認め、その余の事実は否認する。

第二ゲレンデ全体が第一ゲレンデ方向に片流れとなっているのではなく、本件桜の木が低地にあるので、ある地点からみると本件桜の木の方へ流れているのに過ぎない。また、第一ゲレンデと第二ゲレンデ間の樹木帯の各樹木の間隔は約一〇メートルあり、スキー、そりとも安全にその間を抜けられる。方向舵がなくともそりに乗っている者の足が方向舵の代わりをするので、仮に第二ゲレンデを樹木帯への流れに乗って滑っても、樹木に衝突しないのが通例である。なお、立木に巻藁を施すのは衝突の衝撃をやわらげる意味がないわけではないが、厳寒から立木を守る意味がある。

(五)  請求原因3(五)は争う。

4  請求原因4の(一)ないし(五)の各事実はいずれも知らない。

第三証拠関係<略>

理由

一  請求原因1(被告が本件スキー場を経営していること)の事実及び同2の事実のうち、本件事故の発生については当事者間に争いがない。

二  そこで、本件スキー場及び本件事故の状況について検討する。

1  本件スキー場が、ゴルフコースとして造成したところを冬期間スキー場として利用していること(請求原因3(三))及び第二ゲレンデがそり専用ゲレンデとなっていること(請求原因3(四))は、当事者間に争いがない。

2  右当事者間に争いがない事実に、<証拠略>並びに弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められ(なお、位置関係については別紙図面<略>参照)、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  被告は、本件スキー場を冬期以外はゴルフ場として使用しているが、これは昭和三一年九月に開場したゴルフ場を、同三五年以降、リフト等を設置して冬期本格的にスキー場として使用するようにしたものであり、同五一年以降は、被告は本件スキー場で貸スキーや貸そりの営業も行っている。

(二)  本件事故が発生した本件スキー場第二ゲレンデは、そり用及びスキー教室用の専用ゲレンデで、概ね西北西から東南東に向かって緩やかに傾斜しており、その北北西に隣接する第一ゲレンデは主にスキーの滑走用として利用され、第二ゲレンデと同様の方向に傾斜しているが、両ゲレンデとも冬期以外はゴルフコースとして、すなわち、第二ゲレンデは九番グリーンと一八番グリーンを有する打ち上げ式の九番ホールとして、第一ゲレンデも一番ホールとして使用されている。

(三)  第一ゲレンデ(一番ホール)と第二ゲレンデ(九番ホール)の間には両者を区分するための樹木が西北西から東南東に向かって列状となっており、本件桜の木(別紙図面X点)も、ほぼその列の中に位置するが、本件桜の木、その約八・六メートル北西側のドウダン(別紙図面D点)及びドウダン約三六・六メートル西側のシラカバ(別紙図面E点)は天然木で、その他の木々は昭和六二年頃に植えられたものである。

しかしながら、本件桜の木の南側及び南東側には樹木は存在しない。

本件事故当時、右樹木の中には巻藁を施されているものもあったが、これは本来、樹木を保護するためのものであり、事故後に施されるようになったエバーソフト(衝突時の衝撃を緩和するためのもの)は当時使用されていなかった。

(四)  原告は、昭和二四年生まれの成人男子であり、約一七年間(延べ二、三〇日)のスキー暦を有するが、そりは本件以前に一度滑降した程度であった。原告は、本件スキー場を利用するのは初めてであったが、本件事故前日の昭和六三年二月二三日の昼頃から午後三時頃まで、第一ゲレンデで子供とスキーやそりをし、その際に第一ゲレンデと第二ゲレンデの間に樹木のあることに気がついていた。本件事故当日、原告は、午前九時三〇分頃被告から子供用のスキーとそりを借り出して、第二ゲレンデの西北西の端の一八番グリーン近くで子供と遊んでいたが、帰る直前に原告自ら一八番グリーンの東南東側のライ(坂)の裾あたり(別紙図面A点)から、そりに乗り、西北西から東南東方向に滑降し始めた。

なお、本件事故当時、天候は曇りで、積雪状況はゲレンデの地肌の芝の見える箇所がないほど雪に覆われていたが、雪質は硬かった。

(五)  原告がそりで東南東方向に滑降後約三八・五メートルの地点(別紙図面1点、本件桜の木の約六六メートル手前)で、そりはその付近の傾斜に沿うように東側に滑降の進路を変え、以後西南西から東北東方向に滑降して、本件桜の木に衝突した。原告は、本件桜の木の約三九メートル手前(別紙図面2点)で本件桜の木を確認して危険を感じたので、本件桜の木の約三二メートル手前(別紙図面3点)で、雪面に両足をつけて、そりを止めようとしたが、雪が硬くなっていたので止まらず、本件桜の木の約一三・五メートル手前(別紙図面4点)で、身体を右に捩ってそりの方向を変えようとしたが、そりが方向転換する前に本件桜の木の右側に腰の部分を打ち当てた。

原告は十分に前方を確認した上で滑降し始めたのではないが、原告が滑降を開始した地点から本件桜の木をはじめ第一ゲレンデと第二ゲレンデとを画する樹木の列を認識することは可能であり、実際にも、前記認定のとおり原告は滑降する前から樹木の列の存在は認識していた。

また、原告がそりで滑降した場合、そりに乗り腰を下ろした状態でも、右の本件桜の木等の樹木の列を確認することは可能である。なお、前記認定の樹木の位置関係からして、原告のそりの進行方向右側(本件桜の木の南側及び南東側)には樹木は存在しない。

(六)  第二ゲレンデ中央には暗渠排水溝があり、ふだんは周辺よりも低くなっているが、積雪時には雪で平坦な状態になる。第二ゲレンデを一八番グリーンから傾斜に従って東南東方向にそりで滑降する場合、通常は暗渠排水溝を越えたところの盛り上がった部分(別紙図面B点付近)で止まるようになっている。原告が滑降の進路を変更した地点(別紙図面1点)は、一八番グリーンから前記盛り上がっている部分に向かっての東南東方向への傾斜と右盛り上がっている部分の北北東方向への傾斜との合流地点付近になるため、若干東北東に向かってすなわち本件桜の木の方向に傾斜しているが、その傾斜はゆるやかである。

(七)  原告が被告より借り出して本件事故時に使用していたそりは、プラスチック製、長さ約一メートルの船型の一般的なもので、自ら滑り方を体得すれば十分で、特に技術指導を必要とするものではなく、滑降中に進路を変更するには、左右の足の踵を使うか、左右に身体の体重を移動させればよく、停止するには、両足を使うか、身体を倒せばよいので、操作は簡単であった。本件スキー場開場以来、本件事故前に、そりで滑降中に樹木に衝突して傷害を負うという事故はなかった。

三  被告の責任について

1  本件スキー場のゲレンデが、自然の地勢を利用するものの、樹木を伐採し地盤を造成、整備するなどして土地に加工を施したものであること(請求原因3(一))は当事者間に争いがないので、本件スキー場のゲレンデは民法七一七条の「土地の工作物」にあたる。

2  そこで、本件スキー場のゲレンデの設置、保存の瑕疵の有無につき判断する。

前記二で認定したとおり、本件桜の木は、第一ゲレンデと第二ゲレンデとを画する樹木の列の中に位置しており、その位置関係からして、本来的にそりの滑降経路として予定された場所の中に突出して立っているというような樹木ではないこと、一八番ホールから第二ゲレンデを滑降する場合に、本件桜の木を含む右樹木の列は十分認識することが可能であり、したがって、滑降する以前に右樹木の列付近が本来的な滑降経路ではないことは理解可能であること、そりで第二ゲレンデを一八番グリーンから傾斜に従って東南東方向に滑降する場合、通常は暗渠排水溝を越えたところの盛り上がった部分(別紙図面B点付近)で止まるようになっていること、原告のそりが滑降の進路を変更した地点(別紙図面1点)は、若干東北東に向かってすなわち本件桜の木の方向に傾斜しているが、その地点から本件桜の木まで約六六メートルの距離があり、傾斜もゆるやかで、樹木の列も十分な間隔があり(本件桜の木と手前のドウダンの間も約八・六メートル)、しかも、右地点(別紙図面1点)でそりに乗り腰を下ろした状態でも、本件桜の木等の樹木の列は十分これを認識できたものであり、なお、本件桜の木の右手側には樹木は存在しないことも認識可能であったこと、またそり自体、もともと方向転換及び停止の操作は簡単にできるものであること等の諸事情を総合考慮すれば、別紙図面A点で滑降を開始した場合、そりは必然的に東北東の樹木帯に向かうとまではいえず、しかも仮にそりが前記進路を変えた地点の傾斜に従って東北東に向かって滑降したとしても、本件桜の木に衝突する可能性は高くなく、十分衝突を回避できる時間的及び場所的な余裕があるといえること、そして現に従来本件事故以外にそりで滑降中に樹木に衝突して傷害を負うという事故は発生していないことに照せば、被告において本件桜の木等の右樹木を伐採せず、またその樹木につき衝突防止の安全設備を設置していないからといって、本件スキー場のゲレンデがそり用のゲレンデとして通常有すべき安全性を欠いていたものとはいえない。そして、他にその設置、保存の瑕疵を認めるに足りる証拠はない。

四  以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅野正樹 裁判官 安間雅夫、裁判官 阪本勝は転任のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 浅野正樹)

別紙<省略>

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